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<title>死にたい人間のものの見方</title>
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<description>死にたい人間による軟弱「自殺論」。更新終了。</description>
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<title>おわりに</title>
<description> 今まで私が死にたい人間となって、健常な人間とはどう物が違って見えるかをつらつらと書いてきた。本当は死ぬ前に自殺論でもまとめておきたい、と思っていたのだが、書き始めてみたら意外と簡単に終わってしまうので、随筆風の blog にすることを思いついたのがこれである。blog といっても、日付には意味がない。順序があるのもあるが、今見直すと本当に思いついた順にならべているだけ。年寄りの話は、同じことの繰り返しが多い
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<![CDATA[ 今まで私が死にたい人間となって、健常な人間とはどう物が違って見えるかをつらつらと書いてきた。<br />本当は死ぬ前に自殺論でもまとめておきたい、と思っていたのだが、書き始めてみたら意外と簡単に終わってしまうので、随筆風の blog にすることを思いついたのがこれである。<br />blog といっても、日付には意味がない。順序があるのもあるが、今見直すと本当に思いついた順にならべているだけ。<br />年寄りの話は、同じことの繰り返しが多いという。<br />この blog をこれ以上続けても、年寄りの昔話と同じで、死にたい人間が同じようなことを繰り返し書き連ねるだけの愚痴 blog か、ごく平凡なただの日記になりそうだ。<br />私がお手本として始めた gumi さんの blog も2ヶ月程度できっぱりと区切りをつけている。<br />ヴァンダインが1作家が書ける傑作推理小説は６つが限界、といっている。<br />推理小説はトリックが必要な特別なジャンルの小説ではあるが、凡人にとっては、推理小説以外にも当てはまると思う。<br />自分の書いた文章の質を高めるには、大量生産してはいけない。大量生産は結局のところ水増し、小出しである。<br />もっと続きを読みたい、と思われるうちにやめるのが花(でも、思ったよりやめる決断が長引いたのであまりそうは思われないかもしれない...)。<br />始めた当初は2ヶ月も続けば十分だと思っていたのに、自分でも思ったより長く続いたと思う。<br />私も gumi さんに習って、ネタがほぼつきた今きっぱりやめようと思う。<br /><br />ただし、この blog を消すことはしない。<br />今、ここを読んでいる人には、できれば初めの頃の記事をいくつか拾い読みしてもらえれば、と思う。<br />初めの頃の記事を書きたいがために始めたこの blog。<br />死ぬ前に自分が気づいた「自殺論」を残しておきたかった。<br />そして、この「自殺論」を完成させるために、記事の順序を古い順にしようと思う。<br />私の書いた随筆「自殺論」が最初から読める形になった時、完成としたい。<br /><br />「自殺論」というには、軟弱な記事群だが、死ぬ前にこうした記事群を公開することができて本当によかった。<br />こんなに簡単にこうした記事群を公開できる blog システムというのはありがたいと思った。<br />もしこれらの記事のどれか１つでも、何かしらの感動を与えたのだとすればそれで十分。<br />自分が気づいたことをほぼ出し尽くした今日、これで何も思い残すことなくいつでも死ぬことができる。<br />神がいるのなら、どうか死ぬ勇気を私にください。お願いします。<br />そして、さようなら。<br /> ]]>
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<dc:subject>自分</dc:subject>
<dc:date>2006-06-26T00:05:28+09:00</dc:date>
<dc:creator>明（みん）</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>殺してもらいたい人</title>
<description> これが最後のテーマ。最後はもっとかっこいいテーマでも思いつけばいいのに、もう大体吐き出してしまったから、今の私の心境を書くことにした。ただ、殺したい人がいる人はたくさんいるだろうが、殺されたい人がいる人はそんなに多くはないだろうから、ある意味、私のブログのタイトルにふさわしいエントリだろう。自殺できない死にたい人間の考えることは、誰かに殺してもらうこと。もちろん、事故死でもいい。病死でもいい。でも
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<![CDATA[ これが最後のテーマ。最後はもっとかっこいいテーマでも思いつけばいいのに、もう大体吐き出してしまったから、今の私の心境を書くことにした。<br />ただ、殺したい人がいる人はたくさんいるだろうが、殺されたい人がいる人はそんなに多くはないだろうから、ある意味、私のブログのタイトルにふさわしいエントリだろう。<br /><br />自殺できない死にたい人間の考えることは、誰かに殺してもらうこと。もちろん、事故死でもいい。病死でもいい。でも、自分で死ぬのが一番早そうだし、それができなければ、殺してもらうのが早そうだ。<br />この人が殺してくれればいいな、という人はいるが、頼むわけにもいかない。<br />仮に勇気を出して頼んだところで引き受けてくれるわけはない。<br />私だって、そんなの頼まれたらイヤだ。<br />屋上で、高い脚立でも用意して「後からちょっと押してくれるだけでいいから」といわれたって、押せるものではない。<br />私個人としては、そこで落ちるまででなくてもバランスが崩れる程度に押してもらえれば嬉しいけど、そんな頼みをきいてくれるはずもない。<br /><br />殺してくれると嬉しい人はいるけど、でも、殺してもらえるなら贅沢は言わない。誰でもいい。<br />現実的には、がんばって自分で自分を殺すしかないのだろうな、とあきらめてはいる。<br />私は単に死にたいだけで、その方法は何でもよい。でも、多くの死に方の中には、やっぱり好き嫌いがある。自分で死に方を選べるなら、やっぱり好きな方法を選ぶだろう。だから、今の私がもっとも望んでいる「あの人に殺してもらえたらな」という願望でこのくだらん記録を終わりにする。 ]]>
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<dc:subject>自分</dc:subject>
<dc:date>2006-06-25T23:55:14+09:00</dc:date>
<dc:creator>明（みん）</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>目の前の大海</title>
<description> 昔買った文庫本（だったか新書だったか忘れたが）の出版社提供のしおりに、過去の有名人のことばらしきものが書いてあった。ニュートンだったと思うが、その言葉の１つに「われわれは浜辺できれいな石をみつけて騒いでいる子供に過ぎない。すぐそばには大きな海が広がっているのにそれに気づかない」というようなものがあった。当時こうした科学方面にも関心をもっていた私は、確かに人間の力で解明できることはほんの少しかも、と
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<![CDATA[ 昔買った文庫本（だったか新書だったか忘れたが）の出版社提供のしおりに、過去の有名人のことばらしきものが書いてあった。<br />ニュートンだったと思うが、その言葉の１つに「われわれは浜辺できれいな石をみつけて騒いでいる子供に過ぎない。すぐそばには大きな海が広がっているのにそれに気づかない」というようなものがあった。<br />当時こうした科学方面にも関心をもっていた私は、確かに人間の力で解明できることはほんの少しかも、と思ったのを覚えている。<br />この例えは、学問や文化など一般にいえるような気がするが（どんな天才の登場も、結局は浜辺の小石くらいなもの）、私の今の状況にも当てはまる気がする；<br />つまり、もしかすると、私の回りにはちょっと手を伸ばせば届く大海という大いなる明るい未来があるのかもしれない。でも、それに気づくことなく浜辺で落ち込んでいる。ちょっと手を伸ばせば届くかもしれない希望に背を向けて、浜辺でちょっとした石ころをみつけて気を紛らわしている。<br /><br />もし、本当に大海があるのなら、こんなに馬鹿げた話はない。でも、どんな大海があっても気づかない・見えないのであればないのと同じこと。気づいても、手が届かないのであれば、ないのと同じこと。いや、なまじっか見えるだけ始末が悪いかもしれない。<br />そして、今日も私は大海には背を向けて、浜辺で当面の目標という石とたわむれている。<br /> ]]>
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<dc:subject>自分</dc:subject>
<dc:date>2006-06-24T23:49:26+09:00</dc:date>
<dc:creator>明（みん）</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>一歩先と百歩先</title>
<description> 大人になったら何になる?とは子供の頃よく聞かれることだが、そんなことを真剣に考えている子供は少ない。何か答えたとしても、同じ質問を翌日すると答が変わっていたりする。もちろん、中には「子供の頃からの夢がかないました」という人もいるだろうけど、大抵の人は別に子供の頃からなりたいと思っている職業につくわけではないだろう。でも、高校や大学では、少なくとも将来どうするか、くらいのことは考えるだろう。というか
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<![CDATA[ 大人になったら何になる?とは子供の頃よく聞かれることだが、そんなことを真剣に考えている子供は少ない。何か答えたとしても、同じ質問を翌日すると答が変わっていたりする。<br />もちろん、中には「子供の頃からの夢がかないました」という人もいるだろうけど、大抵の人は別に子供の頃からなりたいと思っている職業につくわけではないだろう。<br />でも、高校や大学では、少なくとも将来どうするか、くらいのことは考えるだろう。というか卒業間際にはイヤでも考えなければならない。<br />社会人になっても、自分の将来はどうなるのかな？くらいのことは考えるだろうし、大げさに言えば「人生設計」なんてのも考慮する必要があるだろう。<br />そういうわけで、自分の将来に明確なビジョンを持っている人は生き生きとしているし、また、その未来に向かって生きていける。毎日の細かいことはあるけれど、人生の目標、というと大げさだが、生きがいみたいなものがはっきりしている。<br /><br />今の私はそうした百歩先をみることができない。みたくないし考えたくもない。自分の将来には絶望しか見えない。だからみたくない。<br />百歩先を見るかわりに一歩先を見る。当面、しなければならないこと。今日しなければならないこと。明日までにしなければならないこと。こうした細かいことに目を向けることで、その先にある絶望を忘れることができる。<br />それでも、毎日一歩進んでいるといつかは百歩先に到達する。そうしてたどり着いた先には、やっぱり悲しみと絶望しかないから、また一歩先しかみたくない。<br />こんな繰り返しで無駄に日々を過ごしている。 ]]>
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<dc:subject>自分</dc:subject>
<dc:date>2006-06-23T22:54:32+09:00</dc:date>
<dc:creator>明（みん）</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>生かさせられている</title>
<description> ワールドカップサッカーの予選リーグが大詰め。中田がクロアチア戦について「前半はパスを回していたけど、後半はパスを回させられていた」というようなことを言っていた。要するに、前半は自分たちが主導権を握って、自らの意志で動いていたけど、後半は自らの意志というよりは相手の手のひらの上で動いていた、ということだろう。私の人生もそんなものかもしれない。こんな状態になる前は、結局は誰かの手のひらの上で動いていた
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<![CDATA[ ワールドカップサッカーの予選リーグが大詰め。<br />中田がクロアチア戦について「前半はパスを回していたけど、後半はパスを回させられていた」というようなことを言っていた。<br />要するに、前半は自分たちが主導権を握って、自らの意志で動いていたけど、後半は自らの意志というよりは相手の手のひらの上で動いていた、ということだろう。<br />私の人生もそんなものかもしれない。<br />こんな状態になる前は、結局は誰かの手のひらの上で動いていたのかもしれないにしても、少なくとも本人は自分の意志で自由に生きていた。<br />こんな状態になった今は、自らの意志というよりも、死ねないから仕方ないから、生きている、というだけ。積極的に生きているわけではない。<br />ちょうどパスを出したいわけではないが、パスを出すことくらいしかすることがない、という日本チームにそっくり。<br />サッカーの試合なら時間が来れば終わる。その結果予選で負ければ帰ってくればいい。次のワールドカップは４年後にある。<br /><br />私には、次がないけど、早く死んで終わりにしたい。<br /> ]]>
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<dc:subject>自分</dc:subject>
<dc:date>2006-06-22T23:13:22+09:00</dc:date>
<dc:creator>明（みん）</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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